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探究インテリジェンスセンターフェローインタビュー<第一回>上田壮一さん


インタビュアー:炭谷俊樹(探究インテリジェンスセンター代表)小田真人(同センター長)

文:小田一枝


-長年環境問題、社会問題に向き合い、次世代育成に多様な活動を行う上田さんに、探究インテリジェンスセンターへの期待を聞いてみました。


上田壮一

一般社団法人Think the Earth 理事/多摩美術大学客員教授

兵庫県西宮市生まれ。95年の阪神淡路大震災を機に、東京の大手広告代理店を退職。2001年に24時間で1周(自転)する地球儀を埋め込んだ「アースウォッチ(地球時計)」の製品化をきっかけに、Think the Earthを設立。以後、プロデューサー/ディレクターとして出版などを手がけ、2017年よりSDGs for Schoolをスタート。



阪神淡路大震災をきっかけに社会起業


炭谷:上田さんがずっと取り組まれている社会課題解決ですが、世の中もだんだんそっちに寄ってきた印象があります。教育と社会課題も結びついてきた。子どもも大人もリンクしてきましたね。


小田:いま、SDGs for School で、各地の学校と一緒に活動されていらっしゃいますね。上田さんのそれまでの歩みを教えていただけますか。


上田:SDGs for School の前提となる一般社団法人Think the Earthの始まりは1997年頃まで遡ります。自分自身のきっかけになったのは1995年の阪神淡路大震災。その震災の現場に触れた衝撃が非常に大きかった。当時勤めていた広告代理店の仲間たちで「震災とコミュニケーション展」を東京で開催しました。来場者に震災の実相に触れて欲しいと思って、震災直後の記録をされた方を探していました。報道も入れなかったので、震災直後の現場映像は本当に少ないんです。その極めて貴重な映像を撮影された方が神戸にいらした。探究インテリジェンスセンターでアドバイザーもされている福岡賢二さんです。報道が入る前の地震の中心地の様子を福岡さんがビデオカメラをもって街に出ていって撮られたんですね。当時福岡さんが勤められていた電子専門学校が避難所として活動してゆくプロセスも映像として残していた。展覧会のために、福岡さんが記録された映像をまとめていただいたんですが、中心にいた方が撮った映像の生々しさをそのまま伝えたくて、できる限り編集せずに2時間くらいの映像を流させてもらったんです。僕の生まれ故郷は兵庫県西宮市で神戸に並んで震災の被害が酷い地域でした。このことがひとつのきっかけになって、広告代理店を辞めて社会のためにできることをしようと考えるようになりました。


小田:いまでこそ社会起業が増えましたが、すごく早い時期ですよね。どんな活動をされたんですか。


上田:宇宙から地球をライブで見せる人工衛星があったらいいな、という想いがあって、アースウォッチという製品をつくったんです。当時は、ようやくWindows95が出た時代。インターネットを通じて初めて誰もが世界につながろうとしていたころでした。カメラを宇宙に打ち上げなくても、ネットと人工衛星のデータを使ってカラーの表示装置にリアルタイムに地球の姿を再現することができるんじゃないかと。この企画を面白がってくれた通信事業会社と協働してプロトタイプをつくりました。そのとき集まったのがThink the Earth設立時のコアメンバーとなりました。


小田:株式会社にされなかった。


上田:いえ株式会社も一緒に起ち上げたんですが、当時はソーシャルビジネスという言葉もなくて、株式会社だと利益を追いかけるだけという印象になるので、非営利のプロジェクトとして任意団体のThink the Earthをつくって商品の売上から寄付に回せる仕組みをつくったんです。まだNPO法人法(特定非営利活動法人法)ができたばかりの頃でしたから、まず任意団体としてスタートして、2011年に非営利型の一般社団にしたんです。その後、KDDIと一緒にlive earth(ライブアース)というアプリを作ったんですが、宇宙から地球を見るアプリで、これが当時のau携帯の殆どの機種にプリセットされました。無料版から有料課金に移行してくださった方がだいたい3万人。その一部を寄付にまわして世界で発生する自然災害の緊急救援基金にするといった事業も行っていました。


小田:素晴らしいですね!


上田:災害がおきると、できるだけ早く現金でNGOに寄付していました。30万円や50万円といった額でも現金であることは有効で、例えば発災直後に災害現場にお医者さんが飛んでいく飛行機代として使ってもらったりしていました。


21世紀の初めに出した写真集『百年の愚行』


炭谷:写真集なんかも出されましたよね。


上田:はい。2002年に『百年の愚行』という写真集を出しました。これは、主に20世紀の報道写真から環境破壊や差別・迫害、戦争など人類の愚行と呼べる行いを象徴する100枚の写真を選んで編集した写真集です。2001年に21世紀が始まりましたが、過去100年の人間の行いを直視した上で、この先の未来を考えて欲しいという想いで出版しました。そしてその10年後に東日本大震災と原発事故があって、編集長の小崎哲哉さんやアートディレクターの佐藤直樹さんと話し合って「いまこそ続編を出さなければならない」という気持ちになったんです。根底に人間の尽きない欲望があって、スピードや効率化ばかりを追いかけていることが愚行の根本ではないかというメッセージも伝えたかった。


小田:確かに。


上田:『続・百年の愚行』は2014年に出しました。その翌年にSDGsが採択されることになったわけですが、サステナビリティというテーマで国際社会が合意したことに、個人的に大きな希望を感じました。


小田:SDGs for Schoolの活動はいつごろから?


上田:2016年の暮れに企画骨子をつくりましたが、実質的には2017年からスタートしました。原発事故を機に、2013年から再生可能エネルギーの教育普及活動を経産省との官民連携事業で行っていて、僕らがつくった再エネの教材を全国の学校に届けることをやってきていたので、先生たちと話す機会がとても多くありました。そこで知ったのは、「いまの教育はきっと変えられる」と考えている先生たちが日本中に居るということ。だからその人たちと何かやりたいと。2017年に公示された学習指導要領に「持続可能な社会の担い手を育成する」という記述が入ったというきっかけもあって、本格的に活動を始めることにしました。2017年にクラウドファンディングでお金を集めて教材となる本『未来を変える目標 SDGS アイデアブック』をつくったり、教員と生徒たちと一緒にマレーシアのボルネオ島でフィールド授業を行ったり、全国の学校の先生が集まって未来の教育について語るティーチャーズ・ギャザリングというイベントを開催したり。先生と生徒の発案で文化祭を変革する「超・文化祭」という企画も生まれました。文化祭って「去年と同じことをやればいい」みたいな雰囲気があって新しいことがやりにくかったり、ゴミもたくさん出るし、チームTシャツも安いだけで環境に配慮されていないものを選んでしまいがち、というのが生徒たちからの声でした。それで学校も学年も関係なく、NPOや企業も参加する、領域を超える文化祭をやってみようということになりました。できるだけゴミを出さない文化祭にもなっているし、入場チケットが投票券になっていて、発表した学生の活動に寄付できる仕組みになっていて、参加者も何かしら「アクション」ができる文化祭です。今年も12月27日に予定していています。僕たちがやっていることは、すそ野を広げて、同時に頂上を伸ばす活動かなと思います。各校に一人や二人は自分ごととして持続可能な社会を実現したいという想いがある先生や生徒がいます。そのやる気のある人同士がつながる場や機会を学校の外からつくり、企業やNPOともつながりながら未来を目指していく。


炭谷:改めて素晴らしい。


新しいことをやるのに説明が要る、という負担


小田:いいですね。人が中心という考え方ということでしょうか。昨日スウェーデンの人たちと交流していて、「日本はヒューマン・セントリックを掲げるべきだ」と言われました。なぜ辿り着けないのか。障害はいったい何なんでしょうか。このあたり上田さんはどう観察していますか?


上田:いろいろありますが、まずは日本の前例主義と、保守主義で新しいことをやるのに抵抗がある。新しいことをしようとなると、多数のステークホルダーへの説明が要ります。本当はそんなの必要ないことだってあるでしょうが、説明しなくてはいけないと思い込むので結局それが障害になってしまうんでしょうね。3.5%の法則(※)というように、閾値を越えると説明や説得の必要はなくなる。いまはまだその途中段階なんでしょう。例えば、女子の制服にスラックスを採用することだって、今では反対する人はいないでしょう。小学校のランドセルも変わっていく可能性があるでしょう。あんな重くて高いもの、と疑問を持つ人はいっぱいいるはずです。この冬にモンベルが自治体と協力して新しいタイプの通学リュックを販売しますよね。ちょっと前までだったらネガティブな反応もあったはず。でもいまは違う。

(※3.5%の人が社会運動に参加すると社会システムが変化する、というハーバード大学チェノウェス教授による説)




上田:文部科学省などからの上意下達を待って行動するのではなく、誰かの違和感から始まって、たまたま実現できた学校が何かを変える発端になる。そういう可能性が広がっています。学校の、教育の可能性は無限だと思うんです。しかしその無限の可能性があることに気づいていない。気づけばいろんなことが変えられる。その扉は開いていると思っていて。でも、今思えば扉を開いたのは炭谷さんの『第3の教育』だと僕は思っているのですが。


炭谷:(笑)


上田:最近になって、その可能性にリアリティが出てきたと思います。たとえば広島県立の広島叡智学園という学校が2019年に開校しました。中高一貫の公立校で全寮制。中学は国際バカロレア認定校です。公立なのに、なぜこのような先進的な学校が実現したかというと、広島県の中に「学びの変革推進課」という部署ができたんですね。この課の目的は、その名が示すとおり教育の変革を推進すること。2014年には「学びの変革」アクション・プランを策定しています。


小田:すごいですね!


上田:そうなんです。だから広島叡智学園に行くと、その変革の形をはっきり見ることができます。シーラカンスアンドアソシエイツという建築事務所が設計した美しい平屋の校舎には、フリーアドレスの職員室や複数の言語が学べるランゲージセンターがあり、音楽室も部屋というよりはステージになっていて、普段は食堂になっている空間にお客さんを呼べばすぐに音楽会ができる。基本言語は英語で、学習評価を生徒と先生が一緒に考えたり、PBL(プロジェクトベースドラーニング)で地域の課題も解決する、そういう教育が実現しています。


その人のもつ創造性を伸ばしたい


小田:既存の教育を変えていくダイナミズムの話ですね。

その点、探究インテリジェンスセンターには既存がない。僕たちが過去にとらわれずに、社会人にとって理想的な教育をやろうとしているわけです。先端のICTで国際動向を読み解くことも、かつての人にはできなかった現代人の特典のはずで、いち早く使っている。そして、日本人に足りていない合意形成力のプログラムも。何かを実現するときに必ずステークホルダーの合意が要りますから。実はこういう合意形成も、アカデミア的な理論があるんですが、学べる場が日本に無かったんですね。こんなふうに、「ゼロベースで考えていいよ」と言われた場合、上田さんは、SDGsのカリキュラムをどんなふうに作りますか?


上田:実際に学校の現場を変えるのは大変な苦労も伴いますので、勝手なことを外野から言えないですが、そうですね。敢えて言うなら、自分自身の言葉を持った人同士が対話によって、主体性を育んでいく教育でしょうか。そのために重要なことは自らの創造性に気づくことです。僕たちはクリエイティビティのことを、ちゃんと学校で教えてもらっていない。僕が「人と違うこと」の大切さや面白さに気づいたのは広告会社に入ってからでした。学校では人と違うことをすると怒られる(笑)。だから、せめてタガを外せる時間をもてるようにしたいですね。自分の個性に気づいたり居場所を見つけられたりとか。


たった一人の思い付きから社会が変わる可能性


小田:心理的安全性が大事ですね。


上田:そうですね。その人が持っている創造性を育む環境と発揮する機会があったらいいなと。しかしそれがなかなかない。今、学校からSDGsの授業をしてくださいと言われたときは世界のソーシャルデザインについて話しています。政策とか制度を変えるというアプローチもソーシャルデザインなのですが、一人のアイデアから変わることもある。サステナビリティというと、ついつい我慢する方向での解決策を思い描いてしまうことが多いと思いますが、ポジティブでワクワクするような世界の取り組みを紹介して「みんなにもできる」と伝えています。そうすると生徒たちにも前向きな気持ちが芽生えます。さっきお話した文化祭を変えるなんていう話は、どうやって保護者を説得しようかとなるとうんざりしちゃいますが、そうじゃなくて、ひとつの楽しいアイデアを見せて「いいじゃん!」となったりする。そういうところからの課題解決ができるはずなんです。


共感で前に進む創造性とクリエイターが要る


上田:イタリア在住の批評家、多木陽介さんが「ハンブル・クリエイティブ(謙虚な創造性)」という考えを紹介していて、僕はとても共感しています。クリエイティビティだけを礼賛すると、新しいモノやコトをつくり出せれば何でも良い、ということになりがちです。環境を破壊したり、人権を蔑ろにしていたりする可能性についての検討は優先順位が低い。そうではなく、環境や人権への配慮はもちろんのこと、未来社会を深く洞察し、チームやコミュニティの合意形成をしながら、思慮深く創造していく姿勢が、これからのクリエイターに必要な資質だと思います。結局そう考えていくと、教育って、教科書になる前のことが大事なんですね。知識や手法に陥るんじゃなくてもっと目的性をもつこと。なんのために学ぶのかをもっと深めていくことが要る。利他性をどう育むかとか。


炭谷:ぼくが考えていることと全く一緒。びっくりしました。OECDラーニングコンパスで「エージェンシー※」という言葉を出してきたんですが(※社会参画を通じて人々や物事、環境が より良いものとなるように影響を与えるという責任感を持っていること)、日本の大学の先生たちも、そのあたりを意識し始めてきてるんですよね。とても状況が収束してきたのを感じます。


上田:僕の通った中学はちょっと変わっていて、文化祭の代わりに夏休みの自由研究を発表する展覧会を行うんです。夏休みは学校の教科書とは関係ないことをやって発表する。一年生は戸惑いながらつくる子も多いんだけど、二年三年の教室をみるとすごい。大人でも驚くような内容のものがずらりと並んでいる。これが一年生にも大きな刺激になるんですね。こういう教育環境は、どこの学校でも、ちょっとした工夫で実現できそうな気がします。東京の新渡戸文化中学高等学校には教科の時間割を取り払って探究活動を行う日が週に一日ありますよね。どんなことを学んでもいい日。


炭谷:いい学校が出てきていますね。自分の意見を言っていいんだよという学校。


小田:そういうのが大人にも必要なんですよね。大人は特に昔の教育で大人になったわけですから。学校だけでなく、会社も、社会も進化するときです。探究インテリジェンスセンターは、自由に発想して、学ぶだけじゃなくて社会で活躍する場にしたいと思っています。その第一号である探究インテリジェンスプログラムの第1期生が今度に成果発表会をしますので、上田さんにもぜひ聴いていただきたい。


上田:いいですね。


社会で探究できる場所を作る


炭谷:個人の教育で主体性を引き出すのはできてきていますが、あとは組織にしていくところがハードルがありますね。先週見に行った高校では、一部の生徒はいきいきやっているが周りの教室はシーンとしていて。やっぱりそこはトップが変わらないと難しい。だから僕が

やっているのが探究の三つの場なんです(下図)。




最近とくに力を入れて取り組んでいるのが、「探究クリエイター」です。新しいタイプの教育の場を作る人を創り出す部分です。それと「探究イノベーター」つまり、上田さんのような社会課題を解決する人材づくり。これらが連携することで子どもたちが探究できる場所を作りたい。子どもは人を見てあこがれるから。こういう場をやりたい。


「未来に向かっていく背中」を見せる大人を創り出す


小田:最後に上田さんが探究インテリジェンスセンターに期待することを伺っていいですか。


上田:そうですね。社会に風穴を開ける大人を生み出してほしい、ということでしょうか。大人って子どもに対して、安易に「次の世代を担うのは君たちだから、あとはよろしく」という発言しちゃうことがありますよね。僕は「自分もまだまだ頑張るから、君たちも頑張ろう」と言える大人でありたいと思っています。子どもたちに、社会に風穴を開ける大人たちの後ろ姿を見せる必要があると思うんです。学びの姿勢は学び終わった人からは学べません。学び続ける人からは学ぶことができる。探究インテリジェンスセンターで、学びたいと思っている大人が、新しい世界の見方や、独りよがりじゃなくて合意形成しながら前に進める力を身に着ける。そういう大人が社会で活躍する姿が子どもの教育にもつながる。そうなったらいいなと思います。


炭谷・小田:素晴らしいメッセージをありがとうございました。





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