社会人のための学びと実践の場である「探究インテリジェンスセンター」が2022年7月に開校となり、そのスタートに向けて、さまざまな分野の専門家の方にアドバイザーとしてサポートしていただいています。この「アドバイザー インタビュー」シリーズでは、アドバイザーの方に登場いただき、今の日本が置かれている状況や課題、そしてその解決に向け探究インテリジェンスセンターで学ぶ人に期待することをお聞きしていきます。
シリーズ第1回として、東洋大学 情報連携学部 情報連携学科 教授の廣瀬弥生先生にお話を伺いました。(聞き手:オシンテック代表 小田真人)
廣瀬弥生先生 一橋大学院経済修了、アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)都市計画修了、英国Henley Business School 経営学博士。大手情報通信系シンクタンク、東京大学にて特任助教授、外資系リサーチファームを経て、2019年より現職。 デジタル業界ビジネス戦略(DX戦略)、デジタル技術の社会実装、ナレッジマネジメント、ラーニング論、SDGs活用によるビジネスモデルを専門としている。
まずは「問題を見つける」ことが大事
ー廣瀬先生は大学ではどのようなことを教えていらっしゃるのでしょうか?
東洋大学の情報連携学部で学生たちの指導を行っています。
科学技術、デジタルが発達していく中で、それをどうビジネスに繋げていくか、また、サービスとして使いやすいようにデザインしていくかなど横断的な考え方が求められています。それらをひとりで理解し進めていくことは難しいので、自分が得意でない分野に対しても理解を持ち、共通の言葉をもって他の人と協力し進めていける人材を、実践教育を通じて育成するのが情報連携学部です。
私は情報連携学部の中で、デジタルビジネス戦略やマネジメント、マーケティング戦略について教えていますが、学生には私からは出来るだけ問題を与えないようにしています。「あなたが問題だと思うものをもっていらっしゃい」と言っていますが、これがとても難しいらしいです。
例えば「建設業界は人手不足だ」という問題を持ってきたとします。でも、それは学生自身が問題だと思っているのではなく、どこかで聞いてきたことが多いんですね。問題の本質にたどりつくには、そこから「震災復興やオリンピック需要の一過性の問題なのではないか」「コロナが明けて海外人材が流入すれば変わるのではないか」「IT化によって緩和される可能性はないのか」そういう仮説を検証する必要がある。その作業を通じて「それでも問題だ」というものが見つけられるよう訓練をしています。
日本企業が苦手なゴールの設定
ーとても実践的ですね。問題を発見するという点は企業にも必要になりそうですね。
そうですね。最初にちゃんと問題を定義し、解決のためにゴール設定を行うことが必要です。例えば、「DXを推進しましょう」という時、日本で活動している自分たちにとって何が問題で、何をすべきなのかを、ファクトベースで説明するところから始めるべきだと思います。その上でDXという手法がある。海外の事例では「DXはこうあるべき」「このステップで進めるのがよい」と言っているかもしれないけれど、それが日本でうまくいくのか、自分の問題と照らし合わせて進められるのかを、きちんと分析する必要があると私は思います。
日本企業は問題から出発することが苦手だと思います。最初に手段から入ってしまいそこから身動きが取れなくなる。「DXを勉強して、導入しなければいけない」というところからスタートして、「自分たち」の視点が抜けてしまっているんですね。
ーこれまでの進め方を変えるのは非常に難しいことだと思いますが、いかがでしょうか?
今までのやり方を変えたくないのは、実は欧州やアメリカも同じです。それではなにが違うのかというと、戦略の立て方なんですね。「いいものを作れば売れる」ではなく、マーケットの動向や外的要因を全部分析して、それに合うようにゴールを変化させている。
日本は長い間「作れば売れる」という状態でしたので、ゴール設定を変えようとしない。だから、考え方は変わらず、やり方の精緻化だけに向かってしまいました。「歩留まりを改善しましょう」「品質をよくしていきましょう」というように手法を改善するほうばかりに進んできてしまいました。
質がよくなること自体は悪いことではありませんが、環境が変わり、本来のゴールも変わると、手法も変える必要があります。
ー「自分たちで見方を変える」のが大事なんですね。
そうですね。「行政がこういう指導をしているから」「海外ではこの技術でこうしているから」というところから、「自分たちの環境ではこうだから」と視点を変えて、考えることが重要ですね。
コミュニケーションを履き違えてはいけない
ー自分たちで考えるために大事なことはなんでしょうか?
問題解決に至るためのコミュニケーションではないでしょうか。日本でも「コミュニケーションが大事」と言われますが、履き違えている例が多いです。
海外では対話型で進むことが増えています。対話型は、相手を説得するディベートとは異なり、お互いの意見をぶつけて、その摩擦を容認し、共通の理解を相手と一緒に探り、解決策を作っていきます。
「日本でもお互いを理解しようとしているじゃないか」とおっしゃる方もいますが、日本でよくある会話型と対話型では根本的に違います。会話型の場合、共通理解を作るために意見の摩擦を回避しますが、対話型では反対意見も尊重し、摩擦を容認します。意見の違いを避けてしまうと、問題が表出せず、解決すべき問題も見つかりませんから。
ーなるほど。確かに日本のコミュニケーションでは、お互いの理解を優先して、問題解決に至らないことがありますよね。海外ではコミュニケーションの方法をどのように学んでいるのでしょうか?
留学していたころの思い出なのですが、「ノーベル経済学賞をとった方の論文について、論理的にあなたの目線で批判するように」というレポートを出されてびっくりしたのを覚えています。まさかそんな偉い方の論文に意見するなんてと。でも、向こうではそれが当たり前なんですよね。常に自分の意見を求められました。
もう1つ、刺激的だったのがランチセッションです。ランチを食べながら著名な教授同士が議論をするというものなのですが、お互いしっかりと自分の意見を持っているので、「それは違う」「それはこうだ」とそれはもうすごい喧嘩のようになるんです。それでもランチセッションが終わったら、「いいディスカッションしましたね」と握手している。意見が違うことと、人として好きかというのは全く別で考えられていて、だからしっかりと自分の意見をぶつけることができ、共通の理解を相手と一緒に探ることができるんですね。これが「この意見の人は好きではない」と、人格と意見とを切り分けて考えられないと、議論ができないと思います。
ー確かに、日本のパネルディスカッションでは議論を避けてか一問一答形式になっていることがあり、残念ですね。
議論がなければ、コミュニケーションもない。対話ができる下地が必要なのですが、そういった教育を受ける機会がとても少ないと感じます。
探究インテリジェンスセンターはインテリジェンスを鍛える場に
ー探究インテリジェンスセンターでは内発的動機を喚起し、個人的な想いから世界を良くするプロジェクトを作り実践できる人材を育成していきたいと考えています。探究インテリジェンスセンターで学ぶ人たちに期待されますか?
勉強するだけにならないようにして欲しいですね。「これはどうすすめるべきか」「海外ではどうか」といったことを学ぶだけでは、強みにはなりません。自分の環境に照らし合わせて問題を発見し、誰かと協力して解決策を作れるように、対話できる人材になってほしいと思います。
そのために欠かせないのが「インテリジェンス」です。日本にはインテリジェンスを鍛える人材育成が必要だと思っているので、探究インテリジェンスセンターの実現はほんとうに心強いですね。このような育成が必ず日本の強みになると思います。